2014年8月17日日曜日

願い

夏休みをとって 
実家で親孝行をして来た 

小さくなった親の背中を見て 
年が過ぎたのを感じる 
もう20代の頃とは訳が違う 

同じように自分も年をとったのだと思い知らされる 

いつかこの想いごと全てが消えてなくなる日が来るのだろう 
それは10年後かも知れないし 
80年後かも知れない 

その時に 
僕は何を残せるだろうか 
僕の撮った写真は 
僕の存在した証明になるだろうか 

僕の愛したもの達は 
僕を忘れはしないだろうか 

やはり 
本当の終わりは 
忘れ去られた時なんだと思う 


しかし 
まぁ 
本当の意味で終わるのも 
それはそれで 
ありかも知れない 

人は 
笑顔に囲まれて生まれて来て 

一人で 
去っていくものだ 


出来れば 
僕のいなくなった後の世界も 
笑顔に溢れたものであって欲しい 

そう思う 





サヨナラの意味


さようなら 
good bye 
バイバイ 
so long 
farewell 
じゃあ 
では 

別れの言葉は沢山あるが 
やはりどれも好きになれない 

言葉に罪は無いが 
それでも好きになれない 

自信が無いと 
別れの言葉が永遠と重なる 
そのまま消えてなくなりそうで 
今までの関係が断ち切れそうで 
とても怖い 

だから僕には言わないで欲しい 
一日の終わりに軽い気持ちの挨拶で 
別れの言葉を言わないで欲しい 

サヨナラは 
もう会わないと言う意味 
サヨナラは 
もうメールしないと言う意味 
サヨナラは 
もう電話しないと言う意味 
サヨナラは 
今までの関係を断ち切る覚悟 
サヨナラは 
もう後戻りしない決意 
サヨナラは 
すべて捨てて行く勇気 
サヨナラは 
あなたもお幸せにと言う残酷な激励 

僕にサヨナラは言わないで欲しい 
お願いだから黙って消えて 
振り向かなくていいから 
そのまま何も言わずに歩いて行って 

僕には 
一生涯聞きたくない言葉が二つある 
『サヨナラ』 
と 
『ゴメンネ』 
だ 

それでも 
僕にサヨナラを言うのなら 
必ず幸せになって欲しい 
必ず誰よりも幸せになって欲しい 
そして 
二度と涙を流さないで欲しい 
最後の瞬間であっても 
笑っていて欲しい 

サヨナラを言う事は 
幸せになる事の誓い 
悲しみの涙を流さない証明 

そんなサヨナラなら 
いつでも言ってくれていい 





2014年8月12日火曜日

意味

窓から差し込む光は壁に影を落とす。

時にそれは芸術を生み、
時にそれは怪物を生む。

光の幻影は人々の想像力を餌に巨大に育って行く 

写真として絵画として物語として・・・


太陽の輝きはもはやただの光では無く、
限りなく神に近い存在なのかも知れない。

全ての生き物がその恩恵を受けてこの星の上に立っている。

光は誰にも平等に降り注ぎ、
闇もまた平等にやって来る。

人は一人でも生きて行けるが、
日の光なしには生きられない。

我々生き物は地球の上で光合成をする一つの細胞に過ぎないのだ。

ただ
近くにお気に入りの細胞がいれば頑張ってたくさん光合成もするし、
激しく動き回ったりもする、
とても単純な細胞だ。


クリスマスの夜に一人きりで過ごす人もいるだろう。
除夜の鐘を聞かずに一人眠る人もいるだろう。
お正月の朝を誰とも言葉を交わさずに過ごす人もいるだろう。

きっと役割があるのだ。

一つ一つの細胞に役割がある様に。

僕は信じたい、
全ての事象に意味がある事を。





僕には何も無い

大切な友だちが 
インフルエンザにかかってしまった 

僕にはどうすることも出来ない 


大切な友だちが 
仕事で悩んでいる 

僕には何もしてあげることが出来ない 


大切な友だちが 
恋人と別れてしまった 

だからと言って 
僕にはどうすることも出来ない 


大切な友だちが 
人のあいだで傷付いている 

僕には助ける術がない 


大切な友だちが 
入院してしまった 

代われるものなら 
代わってあげたいが 
僕には無理だ 


大切な友だちが 
困っている 

僕には何も出来ない 

僕はとても無力だ 

助けが必要な時に 
僕は隣に寄り添うことが出来ない 

今すぐにでも 
駆け出していって 
頭をなでて上げることも出来ず 

電話で 
話を聞いてあげることも出来ない 

僕は無力だ 

花を贈ることも 

一緒に食事をしながら 
悩みを聴くことも 

一晩中寝ずに看病することも 

涙を拭ってあげることも 

僕には許されていない 

僕はとても無力だ 

ただ 
こうして君のことを想い 

ただ 
こうして君のために祈り 

ただ 
こうして君のために泣き 

ただ 
こうして君のことを待つ 

僕には何も無い 

僕には君の笑顔を守る力が無い 

僕には想いを伝える言葉が無い 

僕には君の傍にいる資格が無い 

僕には何も無い 

僕はとても無力だ 

助けたいのに 
救いたいのに 
代わりたいのに 
隣にいたいのに 

僕にはどうすることも出来ない 

僕はとても無力だ 

それでも 
君は 
僕の友だちでいてくれますか? 





2014年8月11日月曜日

心に虹を

雨が降るとどうしても憂鬱になってしまう
特に結婚式で雨が降ってしまうと二人は相当凹んでしまう

僕は写真を撮って生きている
主に結婚式を撮っている

写真を撮ってお金をもらっているのだが
実は僕の本当の仕事は、写真を撮る事ではない

そもそも写真を撮る事があまり好きではない
実際僕はプライベートではケータイ以外のカメラを使わない
ただ得意だった
それだけだ
でも
僕は今の仕事を天職だと思っている
仕事も好きだ

僕の本当の仕事は
笑顔を作る事
笑顔を残す事
笑顔を刻む事
10年後にまた笑えるように
いい思い出を刻む事

雨が降ったら雨の良さを
風が吹いたら風の良さを
雪が降ったら雪の良さを

ありのままでありながら
全てをいい思い出に変えて行く事

それが僕の本当の仕事

その場にいる全ての人が憂鬱になったとしても
僕だけは雨の良さを心から語る

それが僕の仕事

全てを受け入れ
全てを愛する

それが僕の仕事

写真は後からついてくるものだ





2014年8月10日日曜日

自分が思うよりずっと人は綺麗

年をとったせいかも知れないが
最近思う事がある

可愛い娘が多い

昔はこんなにいなかった様に思う


街行く娘が
みんなAKBに見えて来る

写真の打ち合わせをすると
よく言われる事だが
「見本の人はみんな奇麗ですね、私じゃ不安だわ」と
そのセリフを言った人が
見本になっていたりする

昔から
他人はよく見えるものなのだ

自分の魅力に気付いている人は稀だ
だからこそ僕たちがいるとも言える

そうゆう意味では
写真は真実を写す

フォトグラファーの
腕や技術の問題では無く
写真が奇麗なのは
そこに写っている人が奇麗なのだ

それを伝えるのも僕たちの仕事

自分が思うよりずっと人は奇麗


君が思うよりも
ずっと君は奇麗







声

僕は自分の声が嫌いだと
前にそう書いたが
嫌いだから要らない
と言う訳では決して無い

前触れも無く突然に
声が出なくなったら
誰だって困るだろう

いくら自分の声がきらいでも
それは愛おしい僕の声なのだ

僕の声を嫌いだと言っていいのは
世界中でただひとり僕だけなのだ


仲の良かった友達が突然消えるのは
そんな感情に似ている様な気がする

声が突然出なくなる状況を想像して欲しい
言いたいことをうまく伝える事が出来ない
それはもどかしくて、苦しくて、切なくて
とても困る事なのだ、とても困る事なのだ
そこは大事な事なので二回言わせて貰った

突然人が消えると言う事は、誰かがどこかでとても困っていると言う事だ

その事だけは忘れないでいてほしい

そして
寂しがっている人がいると言う事も付け加えておく