2014年1月21日火曜日

千年の恋

僕は高二の春、桜の木に恋をした 


関ヶ原の合戦跡地からそう遠くないところに僕の実家はある 

当時実家の玄関の脇には桜の木が一本立っていた 

まだ若い木で樹齢二十年ほどだったろうか 

さほど大きくない枝には毎年たくさんの花が咲いた 

小さかったがその桜は命に溢れていた 

花咲く春も青葉茂る夏も紅に染まる秋も粉雪舞う冬も 
変わらずにその桜は僕の帰りを待っていてくれた 

朝日のぼる前の暗い中雨降る午後月明かりの夜 
変わらずにその桜は僕を見送ってくれた 


その夜の事は今でも鮮明に覚えている 

でもそれが本当の事なのか未だに自信が無い 
だから僕はこの話を今まで人にした事が無い 
大事にしまっておいた思い出を何故か今は話してもいい気分だ 

その夜の事は今でも鮮明に覚えている 

月明かりの綺麗な晩だった 
満月に浮かび上がる桜の花があまりに綺麗で我を失って空を見上げた 
その時は何も不思議に思わなかったが後から思うと明らかに桜の花が多すぎた 
花と言うか枝と言うか桜の木そのものの大きさが普通ではなかった 

樹齢二十年の筈の桜の木が 
あの夜だけは 
樹齢千年の桜の木に負けない荘厳さでそこに佇んでいた 
天の川を覆い隠す桜の天井 
桜の花の向こうに満月の光だけが輝いていた 
やがて降る桜の花の雨 

綺麗だった 
ただ綺麗だった 

あの夜の事は今でもよく覚えている 
高二の春 
初めて失恋した日だ 
そして初めて一目惚れした日でもある 

高二の春、僕は桜の木に恋をした 

そして三年後 
三年後に一目惚れから始まった僕の恋は終わりを迎えることになる 

突然桜の木が枯れた 
何も言わずに逝ってしまった 

あの夜、劦を使わなければ桜はまだそこで僕を待っていてくれたのではないか 
桜の季節が来るたびにそう思った 


一度だけ桜の木の夢を見た 
桜の木は出て来なかったが 
僕にはその女の人があの桜の木だとすぐに分かった 
夢の中で彼女は何も言わずに微笑んでいた 
ただずっと微笑んでいた 
その笑顔を見たとき 
彼女のその満足そうな笑顔を見たとき 
僕は悲しむのを止めた 

今でも桜の木は僕の中で満面の花を咲かせている 


高二の春、僕は桜の木に恋をした 
そう 
あれはもう二十年以上前の話だ 

この世に千年続く恋があってもいいと思う 






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