2014年1月26日日曜日

窓〜

暗い病室だった 
30畳ほどの部屋に窓は1つしかない 
蛍光灯の明かりが心まで冷たい色に変えそうだ 
ベッドが7つならび子供達が静かに寝ていた 

ここは治る希望の無い子供達だけが集められた病室 
辛いのだろう、 
見舞い客もほとんど無く 
行き交う看護師の笑顔もどこか渇いていた 

そんな病室にあってただ一つ窓際のベッドだけは明るかった 

窓際のベッドの主アキトの1日は朝の天気予報から始まった 
「今日は雨が降るってツグミさんが言ってるよ」 
窓の外を見ながらアキトが言う 
みんなはそんなアキトの実況中継を聞くのが唯一の楽しみなのだ 
「すごいねー東京タワーってこの病院より大きいんだよ。
展望室から見渡したら僕の家も見えるかなぁ」 
「すごい虹がキレイだよ。知ってる、虹って二重に架かるんだね」 
「うわー大きい人だなぁ、花束を持ってるからきっとプロポーズに行くんだね」 
子供達はそんな些細なアキトの言葉に耳を傾けまだ見た事の無い世界を夢想していた 

ジュイチは気に入らない 
アキトだけが窓を独占しているのが気に入らない 
僕だって… 
ジュイチの心に黒いモヤがかかる 
アキトがいなくなれば僕が窓際のベッドに… 
モヤはどんどん大きくなる 

その日はすぐにやって来た 
「雪っておいしいのかな?」 
アキトの最後の言葉だった 

慌ただしく走る看護師に飛び交う声 
そんな光景をジュイチはどこか冷めた目で見ていた 
一通りの時間が流れ病室のベッドが6つになった 

ジュイチは駄々をこねた 
今まで生きて来た中で一番の駄々をこねた 
医師達は困惑しながらも結局ジュイチの迫力に負けベッドを窓際に運ぶ事になる 

嬉しかった 
友達がいなくなった悲しみよりも 
新しい世界に触れる喜びが勝っていた 

死と隣り合わせの彼らにはいつしか死そのものが無意味なものになっていたのだ 

やっと見える 
ずっと想像だけだった世界に 
やっと触れられる 
ジュイチは興奮を押さえる事が出来ないまま 
窓の白い光の先を見た 

・・・・・ 


よく理解出来なかった 


想像していた風景とあまりに違う景色に 
ジュイチは言葉を失い 
何も理解出来ずにただ呆然としていた 

子供たちがせがむ 
「ねえ今日の天気は?」 
「今日は何が見えるの?」 

アキトがいなくなってから 
ジュイチは初めて泣いた 
頭よりも先に心が全てを理解した 

壁 
白い壁 
一面の白い壁 
そこにあるのはただ一面の白い壁 

ジュイチは何か言いかけて止め 
ゆっくりと語り始めた 
涙まじりの声で 
「今日は晴れるってツグミさんが言ってるよ」 

今度はジュイチの番なのだ 

想いは受け継がれて行く 
例えどんなに暗い地の底であっても 
そこに一握りの優しさがあれば 
人は前を向いて歩いて行ける 

この後奇跡的に治療法が発見され 
唯一自分の足で病室を出た 
少し変わった名前の少年 

きっと彼は今もどこかで 
優しい嘘をついている 








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